「うたかたの記」(森鴎外)

「狂ったふり」のマリイ・「狂ってしまった」国王

「うたかたの記」(森鴎外)
(「森鴎外全集Ⅰ」)ちくま文庫

ドイツ・ミュンヘンに留学中の
日本画学生・巨勢は、
以前ドレスデンで一目惚れをした
マリイと再会する。
マリイはいきなり巨勢に接吻する。
驚く巨勢に、
友人・エキステルは
彼女が狂っていることを告げる…。

名作「舞姫」に続いて書かれた
ドイツ三部作の一篇です。
「舞姫」以上の悲恋の物語です。
終末でマリイは狂った国王の姿に驚き、
事故死するのですから。

なぜマリイは
「狂ったふり」をしていたのか?
巨勢は彼女に
自身の熱い心を伝えるのですが、
彼女の口からは
驚くべき事実が語られます。

彼女には美しい母と、
高名な画家の父がいた。
母はその美しさから、
国王ルードヴィヒ2世に懸想されていた。
父は国王の毒牙から妻を守って死に、
母も悲しみのあまり
後を追うようにして死んだ。
孤児となったマリイは
スタルンベルヒ湖の
漁師ハンスル家に引き取られた。
父のように美術を学ぶため
モデルとなっているが、
誘惑の多い都会で身を守るために
わざと「狂ったふり」を
しているというのです。

なぜ国王は
「狂ってしまった」のか?
マリイの母への想いが
止みがたかったのでしょう、
彼女の死が一国の王たるものを
狂わせてしまったのです。

思い出の地・スタインベルヒ湖で、
マリイは巨勢と愛を確かめ合います。
もう「狂ったふり」などしなくともよい、
真実の愛が得られたのです。
二人は湖に船でこぎ出します。

しかし運命は
彼女にさらに過酷にのしかかります。
岸辺に船を寄せたとき、
そこにいたのは狂人・国王でした。

「狂ったふり」をしていたマリイと
「狂ってしまった」国王が鉢合わせし、
両者が辿った末路は「死」です。
国王の姿に驚いた彼女は船から転落し、
彼女の姿に
かつて焦がれた女性の幻影を見た国王は
湖に没してしまうのです。

そういえば「舞姫」のエリスも
最後は狂人と化してしまいます。
文筆活動の最初の2作品に
「狂気に至る悲恋」を取り上げた鴎外。
彼の恋愛観には
相当な悲壮感が漂っています。

現代では読解が難しい
文語体で書かれた作品ですが、
咀嚼するように読み進めると、
眼前には100年前の独逸の
風光明媚な情景が広がり、
巨勢とマリイの
鼓動が聴こえてくるかのようです。

(2019.6.27)

【青空文庫】
「うたかたの記」(森鴎外)

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